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「だーかーらー、違うっての」
「えー見せてくださいよぅ。超可愛いって噂ですよー」
「ダメ。親戚ん家から預かってる、すんげー難しい子だから無理」
「またぁまたぁ嘘ばっかり!独り占めですかぁ?」
「マジで知らないヤツに話かけられると卒倒しちゃうから」
「えー」
その時、後方でカカシのチャクラ膨れ上がるのを感じ振り返る。
(マズイ)
思った時にはもう遅く、暴発したチャクラにうねる様に炎が着火した。
「と、とにかく!今日見た事は内緒な!」
くノ一達を残して、カカシの元へと走る。
「バカ!何やってんだカカシ」
自分へと向かって来た炎で右手を火傷した様子のカカシは蹲りこちらを見ようとしない。
へそを曲げているのは明確だった。
「見せてみろ」
「いい」
話した途端にカカシはゲホゲホと咳き込んだ。
買ってきたペットボトルの蓋を開けて差し出す。
「ほら、飲め。肺も火傷してるんじゃねーのか」
口元を押さえた右手の火傷は白い肌に赤い傷を奔らせている。咳をしながらも、受け取ろうとしないカカシに溜息を漏らした。
「お前、たまに本当可愛くねーな」
カカシはすくっと立ち上がると踵を返す。
「…帰る」
呟くと、そのまま走り出してしまった。
「ちょっ、おい!カカシ」
(しまった。ミスった)
開けたばかりのペットボトルにまた蓋をして、忘れ物がないか確認している間にみるみるカカシは小さくなってしまう。
「おいおい、マジかよ。そっち逆方向だろ」
喉がヒューヒューと音を立てる。
本当に肺まで焼けてしまったのだろうか。
帰るべき道とは反対に走って来てしまった事に気づき歩みを止める。道の脇の木に姿を隠すように蹲り呼吸を整えた。
大した距離を走ったわけでも無いのに、口に広がる鉄分の味。コチラの世界でこんな状況になるのは初めてだった。
左胸が痛み、大きく息を吸って吐きく。整息を努めるも身体が鈍りきっていた。
僅かな気配を感じて、顔を上げると視線の先にオビトがいた。
身体を起こそうとしたした俺を見つめたオビトが、片眉をあげた瞬間、殺気が放たれる。
急に周りの空気が冷えて、重く圧し掛かかり、耐えられずにガクリと膝が崩れ落ちた。
「…オ、ビト」
オビトは無言のまま近寄ってくると、俺の目の前で腰を下ろして頭を下げる。
「俺が悪かった!」
「え?」
唖然としている間にオビトが脱いだベストを着せらさせ、勢い良くジッパーをあげられた。
俺の腕を取るとポーチから取り出した医療忍具でテキパキと処置を始める。
(勝手にヤキモチを焼いて、怪我をして迷惑を掛けているのは自分の方なのに…)
ズキズキと痛みを増す左胸を押さえる。
「痛むのか?」
オビトの言葉に頭を横に振る。これ以上オビトに迷惑を掛けたくない。
幼稚な自分が情けなくて、何か言葉を発すると涙がこぼれそうだった。
オビトを見る事が出来ずに地面を見つめていると、ふわりと伸びてきた腕に抱き留められる。
「ちゃんと言わなきゃわかんねーって言ってるだろカカシ」
痛む左胸を背中側から撫でられてズキズキとした痛みが和らいだような気がした。
「怒りたい時は怒れよ」
「…子供扱いしないで」
オビトの言葉に甘えてしまいたくなる自分に言い聞かせる。
「そうじゃねぇよ。…ったく」
抱き締められていた身体を離され、真剣な表情のオビトに視線を捉えられる。
少し怒ったようなオビトは俺の口布を引き下ろす。その間も吸い込まれるような赤い瞳に睨まれて動く事も出来ずにいた。
引っ込んだ涙の代わりに勝手に頬が火照り出す。
「子供扱いしてるんじゃなくて、カカシは俺にとって特別だから。もっと素直に甘えていいんだよ」
オビトの言った意味を理解する間もなく、近寄って来た唇に意識を奪われる。
キスされる。そう思って反射的に目を瞑ってしまった。
しかし、期待した感触は訪れずに額にふぅっと息を吹き掛けられ、目を開ける。
「桜の花びら、ついてた」
「…ッ」
期待した自分が恥ずかしくて、火照っていた頬がさらに熱くなる。
顔を隠そうとした腕を取られて、それでも赤くなっているであろう頬を見られたくなくてジタバタともがく。
「や…だ」
しかし、オビトに触れられて力の入らない身体は、容易く抱え込まれてしまう。
「カカシ」
自分を呼ぶ憂いを含んだ声に身体が反応して、抵抗する事が出来ない。
うなじを包むオビトの暖かい掌が、チャクラを吸い取っているような気さえした。
「カカシ。今の顔、すげぇ可愛かった」
そんな声で望む言葉を掛けられたら、本当に溶けてしまう。
いつの間にか痛んでいた左胸は『特別だから』というオビトの言葉に、じわじわと甘い疼痛へと変わって身体を内側から濡らしているようだった。
「もう一回して?」
俺はオビトの望むままに、夢の中にいるような気分で瞳を閉じた。