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1、2時間もするとカカシは教えた術を一通りこなせるようになった。
(やっぱり、すげぇんだなコイツ。アレなんて俺が一週間はかかった術だぞ)
「…なんかムカつくわ」
「ん?何か言った?」
ボソリと独り言を零した声も拾う地獄耳も健在のようだ。
「休憩にしよう」
「うん」
「飲み物買ってくっから、その辺で休んでろ」
カカシの着てきた上着をひっかけて、歩きながらポケットの中身を確認する。
たしか小銭が入っていたはずだ。
ふと思い立って、ベストの襟をつかみ匂いを嗅んでみるも特に匂うという程のものは感じなかった。加齢臭がするにはまだ早いだろう。
(あいつの嗅覚はどうなってんだ)
演習場に備え付けてある自販機から2本のペットボトルを購入する。
遠目にカカシを確認すると、桜の木に凭れて休んでいるようだった。
(カカシの性質は雷だ。チャクラの事も考えると、今日の所は火遁の練習は限界かもしれない)
「うちは警備隊長」
声のした方を振り返ると、くノ一が二人立っていた。
小さな里だ。どこかで見た事がある気がしたが、幾分か年齢が下であろうくノ一達の名前までは出てこない。
「お休みの日まで訓練ですか~?」
「あ、あぁ」
「あれ、もしかして例の?」
二人はより添ってオビトの向こう側に見えるカカシの姿を見ているようだった。
(面倒な事になった)
身内と呼べる範囲の人間には知らされていたが、カカシの存在は一応極秘事項だ。
だが、長期にわたる正規部隊側のカカシの不在に噂が立ちはじめている。
「例のって何?どういう事?」
二人の視線をカカシから離すように遮る。
「え…あの」
「何?」
怯えたような表情に、少し警戒し過ぎたかと頬を緩め笑顔を作る。
「うちは警備隊長に初めて彼女が出来たって…」
「へ?」

(なにあれ)
飲み物を買いに行ったオビトはくノ一に囲まれてデレデレしている。
たまに聞こえてくる女の黄色い笑い声が癪に障った。
思わず組んだ腕を強く握りしめていた事に気付く。視線の先には平らな胸と痩せたなまっちろい腕。
昨日の会話をオビトはどこまで覚えているのだろう。
『じゃあさ、お見合いにすっごいオビトの好みの人が来たらどうする?』
『ていちょうにお断りします』
『本当?』
『カカシ、しつこい。カカシが居ればいいよ』
執拗に問いただす俺を黙らせるように抱きしめてきたオビトが、誤魔化しているような気がして面白くない。
『オビトは、さ、リンが好きなんじゃないの?』
『リンは、カカシが好きだから、…でも優しいから他の男のとこ行った』
『オビトは俺の事キライ?』
あの時薄らと瞳を開いたオビトと目が合ったと思う。
『お前は好き』
次の瞬間にはまた瞼を閉じてしまった。お前は、というのはコチラの世界の本物の俺は嫌いという事だろうか。
コチラの世界は自分の幻想なのではないかと思う。自分の都合の良いことばかりのような気がした。
やっぱりお前はキライだ!
オビトに言われた言葉が蘇り、胸がじくりと痛んだ。本当の事を言えずに隠したままの自分の狡さに胸がつかえる。
リンを手にかけた事を知ったらオビトはどうするだろう。どんな理由があろうと許してはくれない気がした。
苦々しい気持ちを打ち消したくて、寝てしまったオビトの肩に頬を乗せ、何も知らずにスヤスヤと眠る横顔を見る。
一定のリズムで寝息を刻んでいたオビトが身じろぐ。
『…順子も、好き』
『順子?』
『エロカワイイ』
『誰?』
カカシの質問に答えることなく、オビトはふへへと笑ってまたスヤスヤと眠り始めた。
『…俺をオビトのお嫁さんにしてよ』
完全に眠ってしまったオビトを残してベットから抜け出そうとした時、先程取り上げられてしまった本が視界に入る。
順子って…。
「二次元でしょ」
未だにくノ一の相手をしているオビトを見やり溜息をつく。
二人組のくノ一はどちらかというと俺に年齢が近いように見える。
(エロカワイイ…ね)
オビトの腕を掴むようにしてコチラを見ているくノ一。
この距離では判別出来ないだろうが、念のため後ろを振り返り顔が見えないようにする。
今朝読んだところで、順子は主人公に椅子の上で組し抱かれていた。
ギシギシとなる椅子の上でオビトとくノ一が絡み合う姿が思い浮かぶ。
拳の下で桜の木がミシリと音を立て、ハッとする。少しだけへこんでしまった幹を撫でる。
(お前に罪は無いのに、ごめんね)