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「やだよ。まだ、帰したくない」
暖かいシャワーの湯が身体に残る体液を流していく。
カカシの腕の力の強さにオビトの胸がきゅうと音をたてる。頬を流れる湯がまるで涙のように見える。
(アホか。こんな事で泣く訳ねぇだろ)
「…昼には帰る、から」
すっかりほだされて、カカシに偏っていく自分に羞恥を覚える。無意識に俯いた頬にカカシの唇が触れた。
「お昼までいっぱいイチャイチャしよ?」
少しだけオビトよりも背が高いカカシが屈むようにして、下を向くオビトの顔を覗き込んでくる。
「寝ねぇのかよ…」
「オビトは寝てて良いってば」
啄ばむような短かいキスが、長くなりオビトの背が壁にぶつかる。逃げ場を失い、せまってくるカカシの肩を押しやるも、その手を掴まれ、自由を奪われた。
鎖骨から身体のラインをカカシの唇がなぞり、下腹部へと降りて行く。
臍の溝を舌先に掬われ思わずカカシの名前を呼ぶと、掴まれていた手を肩に置くように促されて、おずおずと広い肩に両手をついた。
「明るい所で見ると、薄いね…。剃ってるの?」
石鹸を泡立てた手がいやらしくオビトの脚を撫で上げ、吐き出す息に声が上ずる。
「…っ、気にしてんだから、…言うなっ」
「すべすべしてて気持ちいい」
這い上がって来た泡を纏った手が、臀部を揉みながら双丘の溝を撫でる。カカシの目の前に晒された、既に立ち上がり始めている性器に頬を寄せ、薄く開いた唇を滑らせられた。
「ひっ…や、…本当に、無理だって、…出ねぇよ、もう…」
ゆらりと立ち上がったカカシがオビトの腰を引き寄せ、昂ぶった熱をぶつけてくる。
「っ…ぅん」
ゆらゆらと揺れる尻を滑る指先に揉み込まれて、熱の篭った吐息がオビトの唇から漏れた。
「ちょっとだけ…ね?」
ぬるりと一巡したカカシの昂りが、石鹸の泡に塗れた腿の間を分け入ってくる。
「…オビト、…脚、閉じて」
「…あ?」
言われるままに閉じたオビトの脚の付け根にカカシの下生えが触れ、じょりじょりと音を立てる。
「…ぎゅってしてて」
オビトの性器が二人の腹の間で押し潰され、カカシが動く度にその腹筋が裏側をしごいた。
「わっ、ちょっ…!」
「シッ…声響くから」
腰が引けたオビトの尻をカカシの掌が引き戻し、ビクビクと跳ねてしまう身体を腕が包み込む。
シャワーが床を叩く音の中に眉頭を寄せたカカシの息づかいが響いた。
オビトの高さに合わせて落とされた腰が揺れ、ぐらぐらとする上半身をカカシの首に腕を回して支える。
チラリと下半身に視線を移すと、白い肌の下で動きに合わせて浮き上がる筋肉が波打っている。
眼下で繰り広げられる痴態に、ゾクゾクと肌を戦慄かせたオビトは、カカシにぎゅうっと縋り付き腕に頭を乗せて堪える。
「…可愛い」
耳元で息だけで囁かれるカカシの声が、さらにオビトをゾクリとさせる。
堪えられずに鼻から漏れた声は自分のものとは思えない程に甘ったれたもので、縋る腕にさらに力を込める。
「も、やだぁ…」
「ん?…恥ずかしいの?」
薄っすらと目尻に涙を浮かべたオビトに、腰の動きを止める事なく、聞いてくるカカシ。
「ヘンタイッ、っん…ぁ…エロすぎっ…」
「そりゃ、エロい事してますからねぇ」
「っん…っ…」
更に腰を落としたカカシに柔らかい、身体の真ん中を抉るように突かれ、爪先立ちになる。
双丘に置かれた掌に尻の肉を左右に拡げられた瞬間、後腔から熱い液体が溢れオビトはビクリと身体を震わせた。
恐る恐る手を伸ばすと、先程カカシが中で放った精液が垂れてきていた。指にまとわりつく粘着質なそれを見つめていると、手首を掴まれシャワーの湯に突っ込まれる。
「久しぶりだったから、溜まってたみたい」
オビトの脳裏に店で聞いたカカシの噂が蘇る。『ほんとに?』オビトの出かかった言葉は湯船から溢れた湯の音にかき消された。
掴まれていた手をカカシが引き寄せ、胸元に持っていく。
指先がカカシの胸の上で固くなっている乳首に触れ、ヒクリと身体を震わせる。カカシの瞳に促されままに色素の薄い乳輪に指を這わせた。
爪で引っ掻いてやると小さく喘ぐ声が聞こえ、カカシの顔をみやると、愉悦に濡れた瞳がオビトを愛おしそうに見つめていた。
「オビト、…舐めて」
差し出された舌を、首を伸ばしてペロペロと舐める。
ミルクを飲む猫のような仕草に、カカシは瞳を眇めて下腹の疼きを解放すべく、腰の動きを早めた。
「ぁ…カカシ、風呂…溢れてるっ」
「うん。…俺も、溢れそう」
余裕とは程遠い声と共に、鷲掴みされた尻を上に持ち上げられ足が浮きそうになる。自然と閉じた膝に力が入りカカシを締め付けた。
発情期の犬のように腰を振り続けるカカシに揺さぶられ、爪先立ちになった膝がガクガクと笑い始める。
「カカシ、も…イって…」
「っ…」
息を詰まらせたカカシが勢い良く脚の間から引き抜くと、性器がぶるりと跳ねながらオビトの腹に白濁を吐き出した。
カカシの手から解放された身体はずるずると床に崩れ、乱暴に扱われている幹から胸に、頬に熱い飛沫を受ける。
「まだ、っでる…」
唇に押しあてられた丸い先端が音を立て、オビトの顔を濡らしながら擦り付けられる。噎せ返るような匂いがオビトを刺激した。
「…っふ…ぅ」
触れていないオビトの性器からもトロリ、トロリと力なく白濁が溢れた。湯船のヘリに頭を乗せて息を整えていると、カカシの手のひらが汚れた顔を拭う。
「ふふっ…オビト。…かけられて、イっちゃったの?」
「…るせ…」
温い湯で全身をザッと流され、カカシに抱えられて湯船へと移動する。
「やっぱ、離したくないなぁ」
湯船の中で後ろから抱えるような格好で、カカシがつぶやく。髪に埋められる鼻先が地肌をくすぐる。
弛緩した身体は暖かい湯と、カカシの腕の心地良さに揺蕩う。
眠気がピークに達したオビトは、返事をしようとして完全に意識を手放した。
「…寝ちゃったの」
ともすると湯船にのまれてしまいそうなオビトの力ない背中に腕を回して、カカシは小さく微笑う。艶に濡れ、狭い額に張り付いた漆黒色の短い髪を、繊細な指先が梳くように撫でる。
(困っちゃったねぇ…。)
泥のように眠るオビトの身体を抱き起こすと、たぷんと水面が溢れて、カカシの吐き出す溜め息を飲み込み、排水口へと吸い込まれていった。
カカシより体格が劣るとは言え、オビトとて大人の男だ。鍛えているのだろう、無駄の無いしなやかな筋肉が包む肢体は、獲物を猟る大型の猫科の雄を思わせる。
しかし今、完全に脱力した彼の身体にはただその筋肉と湯が重く纏わり付き、起こさないようにとそっと支えるカカシの腕に負荷を掛けた。
「重…。よっと、ちょっとごめーんね」
背中から回した手を脇の下へ、反対側の手を膝裏へと差し込み、湯船から抱き上げる。オビトの肌を熱い湯が伝い、浴槽へと零れ落ちた。目を覚ます気配は無い。
カカシは両腕に抱いたオビトの重さを噛み締めながら、腿に力を込め立ち上がった。出来るだけ音を立てないようにそっと浴室の扉を蹴り開け、脱衣所を通り過ぎ、リビングのソファへ横たえる。歩みを進めるたびに、二人の身体からぽたぽたと滴る雫がフローリングを濡らした。
カカシは脱衣所へ戻ると、濡れた身体を簡単に拭い、部屋着を纏う。もう一枚のバスタオルを手に大股でリビングへと向かい、ソファで眠るオビトの身体を冷やし始めている水滴を、丁寧に拭き取った。下着を脚に通し、腰を浮かせて履かせる。両腕をバンザイの形に持ち上げ、Tシャツの袖を通す。
起こさないように気を遣っているとはいえ、いくら動かしてもオビトの瞼が開く様子は無く、ただあどけない子供が吐き出すような微かな寝息を立てるだけだ。
柄にもなくがっついてしまった、とカカシは苦笑する。
(だって、可愛いんだもん。)
初めてオビトを見たときから、彼を気に入っていた事は事実だ。雑多な歓楽街の片隅、野良猫ですら避けて通るような柄の悪い路地裏で、ゴミ捨て場に叩き付けられるように倒れていたオビトを見つけたとき。考えるより先に、手を伸ばしていた。
この街にいる限り、まともな人間ではない事は分かっていた。面倒な事は好きではない。
それなのに。
(何故か、俺と似てる気がしたんだ。)
力なく閉じられた瞼が開くのを、見たかった。
自宅に連れ帰り、汚れた身体を拭き、手当てをして、ようやく彼が目を開けたとき。予感は確信に変わった。全てを射抜くような、藤色と緋色のオッドアイ。緋の右目は、カカシの左目と同じ色で、部屋を照らすLEDライトを反射して鈍く輝いていた。
心を奪われたのは、その瞬間だった。
絶対に、自分のものにしてやろうと思った。腕の中の温もりを手放すつもりは、今も少しも無い。
オビトが気を失っている間、彼の携帯電話から名前と連絡先は確認していた。
「うちはオビト」、あの悪名高いうちは組の若頭を指す名前だという事は、情報に聡い水商売の自分でなくたって知っている。厄介な相手に惚れたものだ、と他人事のような思考が可笑しくて、カカシは笑った。
住む世界が、微妙な角度でもって重なり合わない事は分かっていた。それでもいずれどうにかして近付いて、必ずオビトを手に入れるつもりだった。彼の方から訪ねてきた事は幸運だった、と思う。彼の方から、飛び込んできたのだ。
「絶対に離さないよ」
決意を紡ぐように口にすると、僅かに掠れた声が空調の効いた室内に舞って、何故か、言葉が現実感を得たように感じた。障害は多い。オビトの身体を自由に弄ぶ男も、どうせ碌な奴じゃない。
寝返りを打とうとしたオビトの身体が、ソファから落ちてしまいそうになる。慌ててその身を支え、ソファの上に押し戻す。それでもオビトは目を覚ますことなく、静かな寝息が心地良いリズムを刻む。無防備な寝顔を見下ろして、カカシは微笑んだ。
まだ湿りを残す黒髪を優しく撫でると、そっと立ち上がる。寝室へ歩むと、ベッドを覆うシーツがぐしゃぐしゃに捩れ、存分に染込んだ水分が乾き、おかしな位置で布の表面同士が接着していた。
余りの汚し様に一瞬顔を顰めてから、シーツを一気に剥ぐ。替えのシーツを敷くと、リビングで眠るオビトを両腕で抱き上げ、ベッドに横たえた。
「おやすみ、オビト」
カーテンの隙間から漏れる光は、既に一日の始まりを示している。添い寝をするように横になると、心地良い疲れが眠気を誘う。
穏やかに上下するオビトの背中をしっかりと抱きかかえ、カカシは静かに意識を沈めた。