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カカシが家に帰って来なくなって3日ほどたった頃。
夕飯の買い出し出掛けた木ノ葉マーケットでナルトを見かけました。
事情を知ってる少ない身内の中でも、ナルトは特にカカシと親しい関係の1人です。カカシの居場所に心当たりが無いか訪ねてみる事にしました。
カップラーメンの箱を抱え、うろうろしているナルトに話しかけます。
「おい、うずまきナルト」
「げ、オビト…」
露骨に嫌な顔をするものの、その顔はオビトを蔑むようなものではなく、単純に面倒くさいといった表情で少しホッとします。
「カカシを見なかったか?」
あー、と言いながら鼻の頭を掻くナルトに先程の面倒くさい表情の意味を感じ取ります。
「知ってるんだな…教えてくれないか?」
「喧嘩でもしたのか?カカシ先生もずっと様子がおかしいんだってばよ…」
「そうか…」
聞けばカカシはテンゾウの所に転がり込んでいるとの事です。任務には変わらずに出ているようで、ひとまずは安心しました。
「お前一人なの?なら、オレと一緒に一楽でも行く?」
ナルトの誘いにオビトのお腹が切なげに鳴りました。
カカシの居場所が分かったことに安心したのと、1人ではろくに食事を取っていなかったのとで一気に空腹が訪れたようです。
「よっしゃ!決まりな!」
ニカッと笑うナルトに釣られてオビトも久しぶりにカカシ以外にも笑顔を見せました。
「へーお前、笑うと可愛いのな」
小さくなってしまったオビトは今ではナルトよりも身長が低く簡単に頭を撫でられてしまいます。
「からかうな。もう中身はおっさんだ」
伸びてきた髪をやわらかく撫でるナルトの手を払い睨みつけます。
「じゃ一楽はお前が奢るって事で…ッテ!蹴るなよ…」
「行くぞ…」
ナルトと一楽でラーメンを食べた帰り道、テンゾウの自宅の前を通りかかりました。偶然ではあったものの、本の少しの気まずさを感じながら部屋を見上げます。
カカシはあそこにいるのでしょうか。
いつ帰ってくるのでしょうか。
ふと背後に気配を感じて身構えると、テンゾウが立っていまいした。
「オビトさんでしたか」
「…………」
気まずさに拍車をかけるテンゾウの登場に、無言で地面を見つめスタスタと歩き始めたオビトでしたが、テンゾウが駆け寄って来て道を遮られました。
「カカシ先輩をお迎えに来たんじゃないんですか」
「…いや」
テンゾウの口からカカシという単語が発せられたことに、僅かな苛立ちが生まれました。
「カカシのしたいようにすればいい…」
自分でも思いがけないほど冷たい声が出た事に驚きます。
「本当にそれでいいんですか」
「…………」
「…ぼくはカカシ先輩が好きです。それでもいいんですか」
僅かな沈黙の後そう告げるテンゾウの言葉に、苛立ちは黒々としたふつふつとオビトの中を這いずり回りはじめました。
(この男は馬鹿なのか。わざわざ俺に断ることも無い。)
「言いたい事はそれだけか…」
「…いいえ」
テンゾウは辺りをきょろきょろと見回し、息を吸い込むと少し大きな声で叫びました。
「カカシ先輩!居るんでしょ出てきてください!」
ざざッと風が吹いたかと思うと、懐かしい匂いがしました。続いてトンと地面を蹴った音と共にカカシが現れます。
「…カカシ」
テンゾウの横に並ぶようにして立ち、下を向いたカカシはあの日の服装のままでした。
任務ではなかったのか額宛を外している為、表情は読み取れません。
「カカシ先輩、今の会話お聞きになられたでしょう…。いっそぼくと一緒に暮らしませんか」
「なっ…」
テンゾウはオビトには聞こえない声で驚いたカカシに何か囁くと、その口布を下げ唇を合わせました。
沸騰した苛立ちが全身の毛穴から噴出し、皮膚の下の血が逆流しているじゃないかという程オビトを襲いました。
バチンという音が響き、テンゾウがカカシからよろよろと離れます。
「テンゾウ…!なにすんの」
イテテと頬を擦りながらもテンゾウの瞳はオビトを捕らえました。
「これでわかりましたか。ご自分の気持ち………それ嫉妬ですからね」
たっぷりと間を置かれて、ドヤ顔のテンゾウがニヤリと笑います。
「…俺にも一発殴らせろ…」
ずんずんと進んで来たオビトに表情を引き攣らせたテンゾウでしたが、先ほどまでの凍るような殺気は感じません。
「帰るぞ。バカカシ」
何か言いかけるカカシの言葉も聞かずに腕を取り引きずるようにして進み始めました。
「ほんと…良い役回りだよ…トホホ」
小さい影に引きずられていく大きな影を見つめながら、ぽつねんと呟くテンゾウの独り言だけが残りました。
大きな音を立てて玄関のドアが閉まり、掴んでいた腕を解くと、オビトは振り返りカカシに抱きつきました。存在を確かめるような抱擁にカカシの胸が締め付けられます。
『オビトさんの気持ち知りたくないですか?』
腕を引かれている間も、カカシの中では先程テンゾウがカカシに向かって囁いた言葉が鳴り響いていました。
知りたい…でも…、オビトの頭はちょうどカカシの胸の下辺りにあり、表情までは伺えません。
顔を埋めたまま、カカシだけにしか聞こえないくぐもった声がおかえりと迎えてくれます。
「…た、ただいま」
「オレが邪魔なら、オレが出て行くから…ちゃんと帰ってこいよ。ここはお前の家だろ」
オビトの少し怒ったような声にカカシは戸惑いました。
「…ここはオビトとオレの家だよ」
だから出て行くなんで言わないでと声が震えてしまいます。
カカシの手がオビトの背中を撫でます。
オビトはこの家に来て、一緒に表札を変えた事を思い出しました。
表札の中に自分の名前がある。たったそれだけの事で、家族の一員になれたように感じてとても嬉しかった。
それなのに、どうしてこんな事になってしまったのでしょう。
(オレがカカシの気持ちに気づきながら見ない振りをしていたからだ…)
「カカシ…オレはきっとこの先も、リン以上に誰かを好きになる事は無いと思う」
急にオビトの口からリンの名前が飛び出し、カカシの胸が飛び跳ねました。
「わかってる…」
カカシの返事に顔を上げたオビトは身体こそ昔のように小さいものの、表情は大人びていて揺れる瞳の色は実際の年齢のままのようです。
その表情に一つ呼吸を飲み込むと、振り絞るようにして答えます。
「わかってるよ…オビト。リンへの想いも。でも、オレだってオビト以上に好きになれる人なんて居ない…よ」
カカシの告白にオビトの心が緩みます。それと同時に自分の中の矛盾に終着点を見つけられません。
カカシが誰かに奪われるのが嫌な癖に、自分はリンが一番だと言う身勝手さ。
「オレ、これからもカカシと一緒にいたい。けれどお前の気持ちに応えれるか…」
「なに言ってるの…オレが好きになったオビトはリンの事が大好きなオビトなんだから、それでいいでしょ」
ね。と、間髪居れずに応えた、首をかしげて寂しげに笑うカカシ。させたいのはこんな笑顔じゃないのに、と愛しさが募ります。
テンゾウの計らいによって自覚したカカシへの想いは、一度意識してしまうと堰を切ったように溢れ出しました。
カカシの首に手を伸ばして引寄せます。
「オレより好きなやつが出来たらちゃんと言えよ」
ぶっきらぼうではありましたが、今のオビトの精一杯の告白でした。
カカシの口布を引っ張るようにして屈ませ、唇を重ねます。
「テンゾウなんかにキスさせやがって…」
言葉では悪態をつくものの、優しく触れてくる唇。カカシの唇の端から端まで何度も口づけは繰り返されました。
「ふふっ…オビト、一楽食べたでしょ」
頬を少し上気させて笑うカカシにつられてオビトも笑顔になりました。